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三井住友の決断

その経緯をドコモ幹部の話でまとめると、こういうことだった。○四~○五年にかけてドコモはアクワイアラーの候補として三井住友カードやJCBに打診を行った。その頃、三井住友フィナンシャルグループは、西川善文(現日本郵政社長)がまだ現役の頭取で、UFJグループを巡って、陣頭に立って三菱グループと最後の綱引きをやっているところであった。ただ、情勢は三井住友側に不利に傾いているようだった。UFJグループの心は、同じ関西の三井住友よりは、東京の三菱側に傾いており、次第に三井住友フィナンシャルグループ入りの気持ちがないことが感じられるようになった。

西川としても、「UFJを取り損なった時を考えて何らかの戦略を考えねばならない」と、焦りを感じていた。それにしても、三井住友にとっては、UFJを取り逃すことは大きな痛手であった。すでに述べたように、とくにクレジットカード分野では影響が大きかった。長い間VISAの盟主として君臨してきたのに、その座から滑り落ちることがはっきりし始めたからだ。というのも、VISAインターナショナルは、各国の最も会員数の多い銀行やカード会社をその国の盟主と決めて、戦略的な情報を最初に提供する決まりをもっている。

今までは三井住友カードはナンバーワンの会員数をもっていたから、その資格があったが、UFJが三菱グループに行ってしまうと、傘下のニコス、セントラルファイナンスなども三菱に加わってしまうため、三菱グループ内のカード会員数が日本最大になってしまうのだ。そうなると、自動的にVISAの盟主の座は三菱に移ってしまう。サンフランシスコに本部をおくVISAインターナショナルは世界の銀行、カード会社が少しずつ出資して作った団体だが、世界のクレジットカード取り引きの約六割を占めるガリバーである。

その影響力は圧倒的で、三井住友カードが、VISAの盟主の座を滑り落ちたら、インターナショナルから与えられてきた独占的な情報や便宜を得られなくなってしまう、それはすなわち、国内の他のカード会社との関係でも今までのような優位な立場に立つことは難しくなることを意味していた。これは、グループとしてみても、手痛い打撃になりそうだった。そこで西川は何とかこのマイナスをカバーする新しい展開を考えねばならなかった。その悩みを抱えているところに、ドコモがケータイを使ったクレジットという二十一世紀的なアイデアを持ち込んだのだった。しかも、ドコモは、ありあまる資金で出資までしてくれるという。ある意味、渡りに船であったのだ。

クレジット業界は、状況に合わせて姿を変えてきた。「ケータイを使ったクレジットという新しいコンセプトに乗って市場を押さえるのも悪くはない。当座の戦略としては十分に有効である」と、判断した西川はドコモの誘いに乗ることにしたのだった。三井住友グループとすれば、UFJグループは取り逃がしたし、このままいけば、会員数や取扱高といった数の争いで、負けがはっきりしている。同じ土俵で戦っては勝負にならない。それなら土俵を変えて戦えばどうだと考えた。そこでの戦いに引き込めば勝てるかもしれない。ギリギリの決断であった。しかし、これはクレジットカード陣営にすれば、裏切りにみえた。そのため、その後しばらくはギクシャクした関係が続いた。

三井住友カードの複雑な事情

それにしても、何故、日本を代表するようなカード会社が突然に電子マネー陣営の手先になったのか、これは万人の関心を呼ぶところであるが、それにはメガバンク争奪戦が関係していた。二〇〇〇年に入ると、メガバンクの再編が急展開で進み始めた。三菱東京グループ、みずほグループ、三井住友グループ、それにUFJグループの四大銀行グループがそれぞれ規模の拡大を巡って壮絶な戦いを繰り広げた。そして、最終段階に差しかかって、再編の焦点は、UFJグループの帰趨に移った。

UFJグループをどこが取るかが問題とされ、そこを取ったところが再編競争に勝利するといわれだした。三井住友銀行は、最初からUFJグループに統合を働きかけ、その工作は順調に進んでいるように思われた。ところが、最終的な詰めの段階で、東京三菱銀行にかっさらわれてしまった。これは三井住友グループには大きな打撃となった。メガバンクの総資産、営業収益、会員数などの規模の面で遅れを取っただけではなかった。子会社のカード会社の数で、三菱東京グループに大きく水をあけられる結果になったのだ。

さらに、業界第二位でVISAの盟主を誇っていた三井住友カードはその名誉を返上しなければならなくなった(当時業界第一位はJCB)。三菱東京グループ傘下のニコスが、DC、UFJカードと「三菱UFJニコス」という名でひとつになれば、取扱高、会員数などで業界第一位の規模になり、VISAの盟主はそちらに移る。そうなれば、これまでのようにVISAインターナショナルとの親密な関係は継続できない。そのため、三井住友カードは、ドコモの提案に乗り、iDに協力することで、電子マネー陣営の一員に加わるという全く新しい選択をしたのだ。

クレジットカード陣営の対抗策

三井住友カードを除くクレジットカード陣営は、この動きに対して敏感に反応した。○五年十月二十五日、ドコモの躍進に脅威を感じたクレジット会社が複数集まって結成したのがモバイル決済推進協議会(MOPPA)という団体である(カード会社二十三社、他にトヨタ、KDDIなど)。この協議会はもとはフェリカ仕様の携帯電話(おサイフケータイ)を使った決済に関して互換性のある統一方式を考えようとの趣旨で作られたのだが、ドコモ=三井住友カードの動きを受けて、いつのまにか反ドコモ連合のような色合いをもつようになった。

カード会社の経営陣はドコモと友好的に付き合うべきか、対峙すべきか、大いに迷ったのである。しかし、その間にもドコモは様々な方法でクレジット業界に働きかけてきた。iDを立ち上げ、資金力にものをいわせて関係企業(UCカード、ローソン、ファミリーマートなど)に次々に投資して味方につけた。その動きはカード会社ばかりでなく、その後ろに控えるメガバンクにとっても脅威に映りだした。

協議会の参加者の顔ぶれは鈴々たるもので、三井住友カードとVISAインターナショナルを除いたほとんどのカード会社とトヨタ、KDDI、ボーダフォンといった企業も名を連ね、一大勢力となった。そして、リーダー役のJCBがもともと開発していた技術を使ってドコモに対抗することになった。それがクイックペイであった。クレジットカード陣営は、クイックペイを使って、iDを潰すことによって、同時に新興勢力の電子マネー陣営の勢いも削ごうとした。ある意味、このポストペイ型の電子マネーの戦いは、クレジットカード業界VS電子マネー業界の「関が原の戦い」といえた。

クレジットカードの仕組みをそのまま使って参入

クレジットカードに参入するに際しては、すでに開発していたおサイフケータイを活用することを考えた。それをクレジットカード(ポストペイ方式)として使ってもらい、引き落としは独自に作り上げたネットワークを経由して行なうというスキームを考案したのだ。ドコモの戦略の特色は、クレジット業界の仕組みをそっくりそのまま携帯電話業界に移したところにある。クレジット事業は、全体を統括するブランドとイシュアー(カード発行)、アクワイアラー(加盟店開拓)という三者で展開している。ドコモはiDというブランドを自ら立ち上げるとともに、イシュアーとアクワイアラーを新しく募集してスタートすることにした。

カード会社の協力を得るために、敢えてクレジットカードの仕組みをそっくり取り入れたといってもよい。クレジット事業においては、アクワイアラーの加盟店開拓の仕事がもっとも重要である。それを三井住友カードに依頼した。JCBと並ぶ日本を代表するアクワイアラーであったからだ。さらに、これを機にドコモは三井住友カードの総額九百八十億円にものぼる第三者割当増資を引き受け、持ち株比率で一気に三四%を取得した。それによって三井住友とドコモはタッグを組んで携帯クレジットという新しい事業を始めることになった。

○五年十二月一日からiDのサービスを開始。アクワイアラーを任された三井住友カードは積極的な加盟店開拓をおこなうだけでなくイシュアーとしてカード発行も行なった。三井住友カードというと、日本一のJCBに次ぐカード会社で、とくに加盟店開拓に関しては抜群の実力をもつといわれる。そうした有力なカード会社が、ドコモと一緒にiDの営業を始める、つまり、電子マネー陣営に寝返ったというので、クレジットカード各社には驚きと共に戸惑いが広がった。

ドコモの参入でパニックに

ところが、○五年になると、状況が一変する。姑息な計算の上に成立した微妙なバランスが崩れそうになった。NTTドコモが突然、クレジット・電子マネー事業への参入を表明したからだ。○六年春にドコモはiDという決済ブランドをつくり、正式に電子マネー・クレジット事業への参入を発表した。その記者会見の場で、ドコモ側の代表として説明にあたったのが、iモードの生みの親であり、おサイフケータイの発案者、さらには、クレジット事業推進の実質的な責任者の、夏野剛マルチメディアサービス部長であった。スライドを使った手際よいプレゼンテーションの中で彼はドコモのクレジットカード戦略をとうとうと述べた。それはかなり刺激的なものだった。

「一般に電子マネーは少額市場を対象とするといわれているが、われわれはそれを気にしていない。クレジッ卜事業なのだから、今のクレジットカードがカバーしている中額・高額市場も積極的に取りにいきます」と高らかに宣言したからだ。当時のクレジットカード市場は、ショッピング取扱高が三十二兆円ほどであったが、そののび代は大きく、五年も経たずに個人消費支出に占めるカード決済の割合が米国並みに行くだろうとみられていた。ドコモはその成長市場のほんの一部をいただくだけと控えめに言った。しかし、これは明らかにクレジットカード業界への挑戦状であった。

携帯電話業界で第一位のドコモだったが、ナンバーポータビリティや少子化でケータイ市場が成熟化しつつあるため、新しい収益の柱を探していた。そこで着目したのが手っとり早く収益になる金融分野であり、なかでも電子マネーとクレジット市場であった。というのも、クレジット業界はショッピング取扱高が三十二兆円で、年率二桁の高い成長率を誇っている数少ない業界だったからだ。それでも日本ではクレジットカードが使われる頻度は欧米先進国に比べると低い。個人消費支出に占めるクレジット決済の割合は一二%ほどであった。これは二〇〇二年時点での米国の二四%、豪州三七%、英国二九%、お隣りの韓国の五八%に比べるとはるかにすくない。

しかし、他の先進各国が高い割合を示しているのだから、日本も近々急速に伸びるだろうことは容易に予測ができる。とくに○七年からは水道料金や一部地方税のカード払いが解禁になり、その追い風を受けて四~五年後には米国並みの二四%、七十二兆円規模(個人消費支出を三百兆円とみてその二四%が七十二兆円)にはいくだろうとみられている。そうなったときにドコモは新しく増えた四十兆円分のうち、加盟店手数料分として二%を収益として取ろうと目論んだ。「我々はクレジットカード会社がいまもっているところを取ろうとしているのではなく、パイを大きくしてその一部を取ろうとしている」(夏野氏)と記者会見では述べている。